2026-09-11
糖尿病と診断されたらまずは眼科検査から — 視力が良くても網膜はすでに傷んでいる可能性があります
糖尿病網膜症は初期の自覚症状がなく、視力が保たれていても網膜血管の損傷が進んでいることがあります。2型糖尿病は診断当日、1型は5年以内に眼底検査を受け、年1回の定期検診を継続することが重要です。病態、検査、治療法を専門医が解説。


まずは安心していただけるお話から始めましょう。
糖尿病があるからといって、すべての方の目が悪くなるわけではありません。
実際に網膜症が確認された方の中でも圧倒的多数はまだ初期段階であり、この段階では特別な治療を行わず、血糖コントロールを行いながら経過を観察するだけで十分なケースが多いです。
ただし、一つだけ異なる点があります。糖尿病網膜症は「見えづらくなってから受診する」というやり方が通用しない病気です。
網膜の大部分がすでに障害を受けてから初めて視力が低下するためです。
ですから、この病気だけは症状ではなく「カレンダー」を見て検査を受ける必要があります。
基準は極めて明確です。
2型糖尿病は「診断されたその日」、1型糖尿病は「診断から5年以内」に最初の眼科検査を受け、その後は最低でも1年に1回受けることが推奨されています
(疾病管理庁 国家健康情報ポータル)。
しかし、実際の受診状況はどうでしょうか。
韓国の国民健康栄養調査(2016〜2021年)のデータをもとに40歳以上の糖尿病患者3,717名を分析した研究では、過去1年以内に眼底検査を受けた人は1,109名、わずか29.5%にとどまりました。
そして、この受検率は6年間で目立った改善を見せていません
(Kim MS, Park SJ, Joo K, Woo SJ, Journal of Korean Medical Science, 2024)。

こんにちは。聖母真眼科です。
本日は、糖尿病網膜症が目の中で具体的に何を引き起こすのか、いつからどのくらいの頻度で検査を受けるべきか、そして治療でできること・できないことについて、医学的根拠に基づいてわかりやすく解説します。
[目次]
糖尿病網膜症とは具体的にどんな病気ですか?
なぜ自覚症状がないのでしょうか?
いつから、どのくらいの頻度で検査を受けるべきですか?
眼科ではどのような検査を行いますか?
進行段階はどのように分類されますか?
糖尿病黄斑浮腫とは何ですか?
血糖を適切にコントロールすれば本当に目の悪化を防げますか?
血糖値を急激に下げると目が悪くなると聞きましたが?
治療法は?低下した視力は戻りますか?
こんな症状が現れたらその日のうちに受診してください
糖尿病が目に及ぼすその他の問題
よくある質問
1. 糖尿病網膜症とは具体的にどんな病気ですか?

眼球の奥の内壁を覆っている薄い神経の膜を「網膜」と呼びます。
カメラで言えばフィルムに相当し、このフィルムは極めて細い血管の網目から酸素と栄養の供給を受けています。
高血糖状態が長期間続くと、この微細な血管から先に傷んでいきます。進行の順序は主に次の通りです。
毛細血管の壁が脆くなり、小さなコブ(毛細血管瘤)ができます。
その壁から血液成分が漏れ出します。点状出血や、脂質が沈着してできる硬性白斑(明るいシミ)が眼底写真に現れます。
一部の血管が完全に閉塞します。その領域の網膜は酸素不足(虚血)に陥ります。
酸素が不足した網膜は「もっと血管を作ってくれ」というシグナル物質(VEGF)を分泌します。
そのシグナルを受けて「新生血管」が生えてきます。しかし、この血管は急造されたものであるため壁が非常に脆く、出血しやすいのが特徴です。
ここまで進行すると、問題が一気に深刻化します。
新生血管が破綻すると硝子体出血を起こして視野が真っ暗になり、新生血管に伴って増殖した線維膜が網膜を牽引すると牽引性網膜剥離を引き起こします。
さらに新生血管が眼球前方の房水流出路まで達すると「新生血管緑内障」となり、治療が極めて難渋する状態に至ります。
つまり糖尿病網膜症は、単なる「目の病気」というより、全身の血管障害が最も早く目に現れたサインと言えます。
網膜は体内において、切開することなく直接血管を観察できる唯一の部位です。
そのため、眼底写真1枚が全身の微小血管の状態を映し出す貴重な窓となるのです。
2. なぜ自覚症状がないのでしょうか?
この疑問こそが、本記事で最も重要なポイントです。
第1に、網膜には痛覚神経がありません。網膜が損傷しても痛みを感じることはありません。
第2に、初期の病変はほとんどの場合、周辺部から始まります。
私たちが「視力」と呼んでいる機能は、網膜のど真ん中にあるごく小さな領域である「黄斑」がほぼすべてを担っています。周辺部の網膜に微小血管瘤が数十個できたとしても、黄斑が無事であれば視力検査では「1.0」が測定されます。
第3に、両眼が互いの視野を補い合います。
片方の目に障害が生じても、もう片方の目がその欠損をカバーしてしまうため、偶然片目を隠してみるまで気づかないケースが少なくありません。
そのため、診察室では以下のような事態が日常茶飯事に起こります。
視力が1.0出ている方の眼底写真にすでに複数の出血点や白斑が見つかる一方で、「目がかすむ」と受診された方にはすでに黄斑浮腫や硝子体出血が生じてしまっているのです。
糖尿病網膜症において、視力低下は「最も遅く現れる指標」です。
疾病管理庁のデータでも同様の事実が指摘されています。
2017年の国民健康栄養調査によると、40歳以上の糖尿病患者における糖尿病網膜症の有病率は19.6%であったのに対し、合併症確認のために眼底検査を受けた人は23.5%にとどまりました
(疾病管理庁 国家健康情報ポータル)。
検査を受けなければ、発症していても自覚しないまま進行してしまうということです。
韓国国内の患者数自体も増加の一途をたどっています。
国民健康栄養調査のデータを分析した研究によると、40歳以上の糖尿病有病率は2008年の13.2%から2020年には17.3%(約498万人)へ、糖尿病患者における糖尿病網膜症の有病率は16.6%から24.6%(約123万人)へと増加しました。
同研究では、2040年には糖尿病網膜症の有病率が38.8%、患者数は約315万人に達すると予測されています(Kim MS, Nam S, Lee J, Woo SJ, Journal of Korean Medical Science, 2026)。
3. いつから、どのくらいの頻度で検査を受けるべきですか?

区分 | 初回の検査時期 | その後の間隔 |
2型糖尿病 | 診断されたその日 | 最低1年に1回 |
1型糖尿病 | 診断から5年以内 | 最低1年に1回 |
妊娠計画中・妊娠中 | 計画時および妊娠初期 | 最低3ヶ月ごと |
すでに網膜症がある場合 | 直ちに | 3〜6ヶ月ごと(病期に応じて) |
(疾病管理庁 国家健康情報ポータル / American Academy of Ophthalmology, Diabetic Retinopathy Preferred Practice Pattern)
なぜ2型糖尿病は「診断されたその日」から受けるべきなのでしょうか?
2型糖尿病は血糖値が緩やかに上昇するため、診断を受けた時点ですでに数年前から高血糖状態が続いていたケースが珍しくありません。
そのため、診断当日にすでに網膜症を合併している方がいらっしゃいます。
一方、1型糖尿病は発症時期が比較的明瞭であるため、5年という猶予期間が設けられています。
なぜ妊娠中は「3ヶ月ごと」なのでしょうか?
妊娠中はホルモンバランスや血行動態の変化により、網膜症が通常よりも急速に進行するリスクがあります。
そのため、妊娠を計画している段階で事前に眼底の状態を確認しておくことが推奨されます。
なお、妊娠中に初めて発症した「妊娠糖尿病」については、この検査は基本的に不要とされています
(AAO Preferred Practice Pattern)。
妊娠前から糖尿病をお持ちであった方に適用される推奨事項です。
「去年診てもらって異常なしと言われたから大丈夫」— その言葉は、今年も大丈夫であることを保証しません。
糖尿病網膜症の定期検査の間隔が1年とされている理由は、「1年間は安全だから」ではなく、「1年の間に変化が起こり得るから」です。
4. 眼科ではどのような検査を行いますか?

① 視力・屈折検査 — 矯正視力のベースライン(基準値)を確認します。
次回来院時に比較するための数値が必要です。
② 眼底検査 — この病気の診断はここから始まり、ここで大部分が完結します。
瞳孔を広げる目薬(散瞳薬)を点眼し、網膜全体をくまなく観察します。
微小血管瘤、出血、白斑、血管閉塞領域、新生血管の有無を確認し、病期を判定します。
③ 光干渉断層計(OCT) — 黄斑の断面をマイクロメートル単位で断層撮影します。
目に直接触れず、痛みもなく、数秒で撮影が完了します。
眼底写真だけでは判別が難しい「黄斑浮腫(黄斑に水が溜まる状態)」を精密に確認できます。自覚的な視力低下がまだ現れていない初期の浮腫も捉えられます。
④ OCTアンギオグラフィー(OCTA・光干渉断層血管撮影) — 造影剤を注射することなく、網膜血管を深さ別に可視化します。
血流が途絶えた無血管領域の広がりや、新生血管の発育の有無を評価します。
⑤ 蛍光眼底血管造影(FAG) — 必要に応じて腕の静脈から造影剤を注入し、血管からの漏出点や閉塞範囲を詳細に特定します。
レーザー光凝固術の照射範囲を決定する際に極めて有用です。
当院はOCTおよびOCTAを完備しており、眼底所見と黄斑の断層像を総合的に分析して治療方針を決定します。
検査前に知っておいていただきたい注意点:
散瞳薬を点眼すると瞳孔が広がり、約4〜6時間にわたって強いまぶしさを感じたり、手元がぼやけたりします。
検査当日のご自身による車の運転は絶対に避け、サングラスをご持参いただくと移動が楽になります。
散瞳薬の効果が現れるまでにある程度の待ち時間を要するため、お時間に余裕を持ってお越しいただくことをおすすめします。
糖尿病治療薬やインスリン注射は、普段通り使用していただいて構いません。
眼底検査に絶食は不要です。
むしろ空腹状態で長時間待機されると低血糖発作を引き起こす危険があるため、お食事を済ませてからのご来院が安全です。
直近のHbA1c(ヘモグロビンA1c)値や、糖尿病と診断された時期を控えてご来院いただくと、より的確な診断に役立ちます。
5. 進行段階はどのように分類されますか?

段階 | 目の中で起きていること | 典型的な自覚症状 |
非増殖網膜症(初期) | 微小血管瘤や点状出血が散発的に出現 | ほぼ自覚なし |
非増殖網膜症(中等度〜重症) | 血流が途絶えた閉塞領域が拡大 | ほぼ自覚なし |
増殖網膜症 | 新生血管が増殖し、出血や網膜剥離を誘発 | 急激な視野の遮られ・視力低下 |
糖尿病黄斑浮腫 | 黄斑に水分が貯留して肥厚(どの段階でも併発リスクあり) | 文字のかすみ、物が歪んで見える |
この表で特にご注目いただきたいのは、上から2つの行です。
非増殖網膜症の段階では、初期であっても重症であっても、自覚症状がほとんど現れません。
「自覚症状がない」ことと「異常がない」ことは全くの別物である、というのがこの表が示す最大の教訓です。
また、黄斑浮腫は網膜症の病期とは独立して発症します。
非増殖網膜症の初期段階であっても黄斑に水が溜まって急激に視力が落ちる方がいる一方で、増殖網膜症に達していても黄斑が保たれて視力1.0を維持している方もいます。
だからこそ、眼底写真とOCT断面の両方を組み合わせて確認する必要があるのです。
6. 糖尿病黄斑浮腫とは何ですか?
糖尿病網膜症において、視力を低下させる最大の原因がこの「黄斑浮腫」です。
ダメージを受けた微細血管から漏れ出した水分が黄斑部に溜まると、網膜が水ぶくれのように分厚くなります。
カメラのフィルムが水に濡れて波打ってしまった状態をイメージしてください。
その結果、文字がかすむ、直線が歪んで見える(変視症)、色のコントラストが鈍くなるといった症状が現れます。
眼鏡の度数を調整しても改善しない特有の「かすみ」が特徴です。
増殖網膜症が視力を「急激に」奪うのに対し、黄斑浮腫は視力を「じわじわと」低下させます。
急激な変化には危機感を覚えてすぐに眼科を受診されますが、徐々に進むかすみ目は「年齢のせい」「老眼のせい」と思い込んで受診が遅れるケースが非常に多いです。
なお、直線が歪んで見える症状は加齢黄斑変性でもみられます。原因によって治療法が根本的に異なるため、自己判断せず必ず眼科検査で鑑別診断を受けてください。
7. 血糖を適切にコントロールすれば本当に目の悪化を防げますか?

はい。この点については揺るぎない医学的エビデンスが存在します。
1型糖尿病:
1,441名を対象とした大規模臨床試験(DCCT)において、平均6.5年間にわたり血糖を正常値近くまで維持した厳格コントロール群は、従来治療群と比較して網膜症の発症または進行リスクが最大76%低下しました
(DCCT Research Group, New England Journal of Medicine, 1993 / DCCT/EDIC Research Group, Diabetes, 2015)。
2型糖尿病:
3,867名を対象としたUKPDS 33研究において、強化治療群はHbA1c中央値7.0%を、従来治療群は7.9%を維持しました。
その結果、微小血管合併症が25%減少し(相対リスク 0.75, 95% CI 0.60〜0.93)、網膜光凝固術(レーザー治療)が必要となるリスクは29%低下しました(相対リスク 0.71, 95% CI 0.53〜0.96)
(UK Prospective Diabetes Study Group, The Lancet, 1998)。
ここで、心に留めておくべき重要なポイントが2つあります。
第1に、この効果は何年もかけてゆっくりと現れます。
今月HbA1cを0.5%下げたからといって、来月の眼底所見が劇的に良くなるわけではありません。裏を返せば、いま行っている血糖管理は「5年後、10年後の視力を守るための先行投資」なのです。
第2に、血糖値だけの問題ではありません。
血圧や血中脂質の管理、そして禁煙も同等に重要です。特に腎機能が低下傾向にある方は、目も必ず一緒に検査しなければなりません。微細血管は、網膜でも腎臓(糸球体)でも全く同じメカニズムで障害されるからです。
8. 血糖値を急激に下げると目が悪くなると聞きましたが?
この説は完全なデマではありませんが、かといって血糖コントロールをためらう理由にはなりません。
診察室でよく受ける質問ですので、確かな医学的根拠を提示します。
先述したDCCT研究の追加解析結果があります。
1,439名(強化治療群711名、従来治療群728名)のうち、治療開始初期に網膜症の一時的な初期悪化(Early Worsening)を認めた割合は、強化治療群で13.1%、従来治療群で7.6%でした。
つまり、血糖値を急激に下げたグループで一時的な悪化が多く見られたことは事実です。
しかし、その後の経過が最も重要です。
18ヶ月の時点までに強化治療群の51%、従来治療群の55%が元の状態まで回復し、初期悪化が原因で重篤な永続的視力低下をきたした症例は1例もありませんでした。
研究チームは、「厳格なインスリン強化療法による長期的なベネフィットは、初期悪化の一時的リスクを大きく上回る」と結論付けています
(DCCT Research Group, Archives of Ophthalmology, 1998)。
したがって、臨床的には次のように対処するのが正解です。
▶ 血糖管理は決して先延ばしにしないでください。長期的な視力保護にとって間違いなくプラスです。
▶ ただし、大幅な血糖改善に着手する前に、必ず一度眼底の精査を受けておきましょう。すでに進行した網膜症がある場合は、血糖降下のペースと眼科での経過観察間隔を主治医同士で綿密に調整します。
▶ 長年コントロール不良だった方が新たにインスリンを導入する場合や、代謝改善手術等で急激な血糖降下が見込まれる場合は、最初の1年間は眼科の通院間隔を短く設定するのが安全です。
血糖値を下げること自体が危険なのではなく、「目の状態を知らないまま急激に下げること」が危険なのです。
9. 治療法は?低下した視力は戻りますか?

治療法 | 治療の目的・作用 | 残る課題・デメリット |
汎網膜光凝固術(レーザー) | 酸素不足に陥った周辺部網膜を凝固し、新生血管を退縮 | 周辺視野の狭窄、夜間視力の低下の可能性 |
抗VEGF硝子体内注射 | 血管の透過性を抑え、黄斑浮腫を消退 | 反復投与が必要、極めて稀に眼内炎のリスク |
硝子体手術 | 硝子体出血や増殖膜を除去し、網膜を復位 | 白内障の進行、再出血などの術後合併症 |
① 汎網膜光凝固術(PRP・レーザー治療)
増殖網膜症に対する標準的な治療法です。
血流が途絶えて酸素不足に陥った周辺部の網膜をレーザーで熱凝固することで、VEGFの産生を抑え、新生血管の発生や拡大を食い止めます。古くから確立された確固たる治療法です。
代表的な大規模臨床試験(DRS)において、未治療眼の2年以内の重度視力障害発生率が16.3%であったのに対し、レーザー治療群では6.4%まで抑えられました。
ただし、相応の代償を伴います。
周辺部網膜をあえて犠牲にする治療であるため、周辺視野が狭くなったり、暗い場所で見えづらくなったり(夜盲傾向)することがあります。
この治療の目的は「視力を回復させること」ではなく、「中心視力を生涯維持するために周辺部を譲る」という点にあります。
② 抗VEGF硝子体内注射
黄斑浮腫に対する第1選択の標準治療です。
点眼麻酔下で、極細の針を用いて眼球内の硝子体腔に薬剤を注入します。処置自体は数分で終了します。
その有効性は高く実証されています。660名を対象に3種類の抗VEGF薬を比較した臨床試験では、治療2年時点で視力表の文字数が平均10.0〜12.8文字改善し、初診時の視力が低かった眼(20/50以下)では13.3〜18.1文字とさらに大幅な視力改善が得られました
(Wells JA et al., Ophthalmology, 2016. DRCR.net Protocol T)。
増殖網膜症に対しても、レーザー治療の代わりに抗VEGF注射を選択することができます。
5年間の追跡調査の結果、最終的な視力改善度は両群で同等(いずれも平均20/25)でしたが、視野障害の進行は注射群で有意に少なく(累積 -330 dB vs -527 dB)、硝子体手術を必要とした割合は11% vs 19%、視力低下を伴う黄斑浮腫の発生率は22% vs 38%と、注射群で優れた結果を示しました
(Gross JG et al., JAMA Ophthalmology, 2018. DRCR.net Protocol S)。
ただし、硝子体内注射には留意すべき前提条件があります。
1回打って完了ではなく、数年間にわたり継続的な注射が必要となります。
通院を自己判断で中断すると再発・悪化を招くリスクがあり、前述の研究でも「定期的な通院治療を継続できる環境にあるか」が治療選択の必須基準とされています。
副作用としては結膜下出血、軽度の疼痛、一時的な飛蚊症が多くみられ、ごく稀に眼内炎(眼内感染症)、眼圧上昇、網膜剥離などが報告されています。
③ 硝子体手術
硝子体出血が自然吸収されない場合や、線維性の増殖膜が網膜を引っ張って牽引性網膜剥離を引き起こしている場合に適応となります。
混濁した硝子体出血や増殖膜を切除・除去し、網膜を元の位置に復位させます。
術後は水晶体の混濁(白内障)が急速に進行しやすくなるほか、術後の再出血や網膜剥離の再発リスクもゼロではありません。
黄斑浮腫に対しては、局所レーザー光凝固(focal/grid)を行うこともあります。
初期の大規模臨床試験(ETDRS)では、黄斑浮腫に対する局所レーザー照射により、3年時点での中等度視力低下リスクが約半分に減少しました
(ETDRS Report No. 1, Archives of Ophthalmology, 1985)。
現在では抗VEGF注射が第1選択となっていますが、病変の部位や形状に応じてレーザーを併用、または代替選択肢として活用します。
そして、患者様に必ずご理解いただきたい真実があります。
第1に、これらの治療は病気を「完治」させるものではなく、「進行を停止または遅延させる」ためのものです。
第2に、一度壊死してしまった網膜の視神経細胞は決して再生しません。長期間放置された黄斑浮腫によって神経網膜が菲薄化してしまった部位や、長期間剥離していた網膜は、水分を取り除いて再接着させても、かつての視力までは戻りません。
第3に、だからこそ「治療を開始するタイミング」が最終的な視力を左右します。前述の注射研究でも、受診時に視力が低かった眼は改善幅こそ大きかったものの、初めから良好な視力を維持して治療に入った眼の最終視力に追いつくことはできませんでした。
第4に、治療を受けたからといって眼科受診を終了してよいわけではありません。治療後も糖尿病という全身疾患は続き、網膜症も刻一刻と変化し続けるからです。
10. こんな症状が現れたらその日のうちに受診してください

冒頭で「症状が出るのを待たずに検査を受けてください」とお伝えしましたが、万が一以下のような症状が現れた場合は、定期検診を待たずその日のうちに受診しなければなりません。
視野の前に黒いカーテンが引かれたように遮られる — 硝子体出血または網膜剥離の疑いがあります。
視界の虫や黒い点(飛蚊症)が急激に増えた — 特に1日の間に著しく増加した場合は、網膜血管の破綻・出血のサインです。
片方の目だけが急にぼやける、かすむ — 急性黄斑浮腫、網膜出血、または網膜血管閉塞の疑いがあります。
目の奥の激痛とともに充血し、視力が急激に落ちる — 新生血管緑内障により、眼圧が異常高値まで急上昇している可能性があります。
これら4つの症状は、「次回の定期検診で相談しよう」と先送りにしては絶対にいけないエマージェンシーです。特に増殖網膜症は、わずか数日の間に不可逆的な視力喪失へと進行することがあります。
11. 糖尿病が目に及ぼすその他の問題
糖尿病の脅威は網膜だけにとどまりません。
▶ 白内障の発症が早く、進行スピードも速い
水晶体の中に糖代謝産物(ソルビトールなど)が蓄積することで、混濁が急速に進みます。同年代の方と比較して、白内障手術を要する時期が何年も前倒しになるケースが目立ちます。
▶ 血糖値の乱高下に伴い、視力が日単位で変動する
血糖値が急変すると水晶体内の浸透圧と水分含有量が変化し、目のピント(屈折度数)が変わってしまいます。血糖が不安定な時期に眼鏡を作っても、安定するとすぐに度数が合わなくなります。眼鏡の新調は、血糖コントロールが安定してから行うのが鉄則です。
▶ 新生血管緑内障 — 先述の通り、増殖網膜症が進行すると眼球の前方(隅角)に新生血管が侵入し、房水が排出できなくなって眼圧が急激に跳ね上がります。
▶ ドライアイと角膜上皮障害の治癒遅延 — 糖尿病の罹患期間が長くなると角膜の知覚神経が麻痺し、傷ができても治りにくくなります(糖尿病性角膜症)。コンタクトレンズ装用時や眼科手術後の回復力にも影響します。
▶ 外眼筋麻痺(糖尿病性脳神経麻痺) — 突然物が二重に見える(複視)、または片側のまぶたが下がって開かなくなる(眼瞼下垂)ことがあります。多くは数ヶ月以内に自然回復しますが、脳動脈瘤など他の危険な疾患を鑑別するため、速やかな眼科・脳神経外科受診が必須です。
連休やお盆、年末年始にご両親と会われる際には、
ぜひ次の3つの質問を投げかけてみてください。
「糖尿病の薬を飲み始めてから何年くらいになる?」
「目の奥を撮影する眼底検査、最後に受けたのはいつ?」
「最近、新聞やスマホの文字は見えにくくない?」
2つ目の質問に対して、「そんな検査受けたことがない」という返答が返ってくることが驚くほど多いのです。
ご家族が集まるタイミングは、互いの健康と目を気遣う絶好の機会です。
なお、お子様の視力低下や近視進行予防に関しては、前回の記事で詳しく解説しております。
12. よくある質問
Q. 視力検査で1.0が見えていても、検査を受ける必要がありますか?
必ず受けてください。
視力は黄斑という中心部ごくわずかな機能を示す指標にすぎず、糖尿病網膜症は周辺部の血管から先に静かに進行します。
視力が1.0あっても、眼底写真には無数の出血点や白斑が写っている患者様は診察室で毎日のように見受けられます。
視力検査は、眼底検査の代わりには決してなりません。
Q. HbA1cが良好にコントロールされていれば、検査をスキップしても大丈夫ですか?
いけません。血糖コントロールは将来のリスクを低減させるものであり、発症リスクをゼロにするものではありません。
また、適切な検査間隔は現在の血糖値だけでなく、「糖尿病の罹患期間」と「現在の網膜所見」を基に総合的に判定されます。
コントロールが良好な方であれば、次回の検査で「良好な状態が維持されていること」を医師と共に確認する安心の時間になるはずです。
Q. 眼底検査を受けた日は、車の運転はできませんか?
散瞳薬を使用すると4〜6時間ほど瞳孔が開いたままとなり、強いまぶしさを感じて手元や周囲のピントが合わなくなります。
この状態での自動車やバイク、自転車の運転は極めて危険ですのでお控えください。
公共交通機関をご利用いただくか、ご家族等の付き添いでのご来院をおすすめします。日差しを遮るサングラスをご持参いただくと重宝します。
Q. 検査は痛みを伴いますか?
眼底検査やOCT検査には一切の痛みがありません。
散瞳薬を点眼する際に、一瞬しみる感覚がある程度です。
造影剤を用いる蛍光眼底造影検査の場合は、腕の静脈への注射が必要となり、検査後数時間にわたって尿の色が一時的に黄色〜蛍光色に変化します。
Q. レーザー治療を受ければ、落ちた視力は良くなりますか?
良くなりません。汎網膜光凝固術は「これ以上の悪化や失明を食い止める」ための治療であり、むしろ周辺視野の狭窄や夜間視力の低下を感じる場合があります。
それでも治療を強くお勧めするのは、その代償を払ってでも失明に至るリスクを回避し、一生涯の中心視力を守る価値があると判断されるためです。
治療を行う前には、この目的と限界について医師から十分に説明いたします。
Q. 目への硝子体内注射は、一度始めると一生打ち続けなければならないのですか?
「一生涯」と決まっているわけではありませんが、1回のみで終了するケースは極めて稀です。
通常は初期に1ヶ月ごとの連続投与を行い、網膜の反応をOCTで観察しながら徐々に投与間隔を延ばしていきます。
病勢が落ち着いて安定すれば投与を休止できる時期もありますが、休止後も定期的な精密検査による観察は継続する必要があります。
Q. 糖尿病網膜症があっても、レーシックやラセックなどの視力矯正手術は受けられますか?
網膜の状態と血糖コントロールの安定度によって個別に判断されます。
網膜症が活動的に進行している段階や、血糖値が乱高下している状態での視力矯正手術はお勧めできません。
屈折矯正手術は角膜を処置する手術ですが、糖尿病は角膜の治癒力や涙液の安定性にも深く関与するため、網膜と角膜の両方の状態を綿密に精査した上で適応を判断します。
Q. 一般の健康診断で眼底写真を撮りましたが、それでも眼科に行く必要がありますか?
健康診断の眼底写真は、スクリーニングとしての貴重な第1歩です。
しかし健診で行われる無散瞳眼底撮影は通常1〜2枚程度に限られ、網膜周辺部の微細病変や、OCTによる黄斑部の断層構造までは把握できません。
健診の結果通知書をお持ちいただければ、その画像を参考にしつつ、より詳細な精密検査が必要かどうかを眼科専門医が診断いたします。
目の健康に関するより詳しい医療情報は、聖母真眼科のYouTubeチャンネル「真眼科」でも配信しております。
おわりに
最後にお伝えしたいのは、次の3点だけです。
第1に、この病気は症状ではなく「カレンダー」を見て検査を受ける病気です。
2型糖尿病は診断されたその日、1型糖尿病は5年以内、その後は最低でも1年に1回の眼底検査が必須です。
第2に、「視力が良い」ということは「黄斑がまだ無事である」ことを意味しているにすぎません。
周辺部の網膜血管がどれほど傷んでいるかは、眼底を直接覗いてみなければ決してわかりません。
第3に、治療は失われた視神経を復元するものではなく、「進行を食い止める」ためのものです。
だからこそ、どの段階で発見し、いつ介入を始められるかが将来の見え方を決定づけます。
糖尿病網膜症は、初期のうちに発見できれば、積極的な治療を行わず経過観察と血糖管理だけで安全にコントロールできる病気です。
今すぐあなたができる最も確実な失明予防は、眼科での「眼底写真1枚」の撮影です。
まだ目に何の違和感もない、まさに今のうちに。
気になる点がございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。
聖母真眼科(ソンモジン眼科)
ソウル特別市瑞草区江南大路337(瑞草洞 1329-10)
江南駅5番出口より徒歩5分 ・ ビル内無料駐車場完備
診療時間
平日 09:00 〜 18:00(昼休み 13:00 〜 14:00)
土曜 09:00 〜 15:00(昼休みなし)
日曜・祝日 休診
電話番号 02-577-7782
※ 本記事は一般的な医療情報の提供を目的として作成されたものであり、個々の患者様に対する確定診断や個別治療の代わりとなるものではありません。
引用された各種統計数値は該当研究の対象集団における結果であり、個人の糖尿病罹患期間・血糖コントロール状態・全身合併症・内服薬等により臨床経過は異なります。
すべての治療には効果の限界と副作用のリスクが存在します。検査および治療方針の決定にあたっては、必ず眼科専門医および担当の内科主治医と十分にご相談ください。
[参考文献]
Kim MS, Park SJ, Joo K, Woo SJ. Trends and Barriers in Diabetic Retinopathy Screening: Korea National Health and Nutritional Examination Survey 2016–2021. Journal of Korean Medical Science. 2024;39(27):e203
Kim MS, Nam S, Lee J, Woo SJ. Nationwide Trends and Future Projections of Diabetes and Diabetic Retinopathy Prevalence in Korea: Korean National Health and Nutrition Examination Survey Study. Journal of Korean Medical Science. 2026;41(3):e31
질병관리청 국가건강정보포털. 당뇨망막병증.
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